東京地方裁判所 昭和44年(ワ)6930号 判決 1976年3月29日
原告 ハニメックス・コーポレーション・リミテッド
右代表者代表取締役 ジャック・D・ハニス
右訴訟代理人弁護士 ジェームス・S・足立
同 細田貞夫
同 相馬功
被告 株式会社コーカ
右代表者代表取締役 飯島秋晴
右訴訟代理人弁護士 河鰭誠貴
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
被告は原告に対し、金七九五万〇九三〇円およびこれに対する昭和四四年七月三一日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告
主文同旨の判決。
第二当事者の主張
一 原告の請求原因
(一) 当事者および準拠法
原告はオーストラリアにおいてカメラおよびその関係製品の輸入販売を業とする会社であり、被告は日本においてカメラの製造販売を業とする会社であるが、原、被告間において、後記基本契約および付随の特約の成立と効力についての準拠法を日本法とする旨の合意がなされた。
(二) 基本契約の締結
原告は、昭和四〇年三月二九日頃、被告およびその輸出代理店であるコーカカメラ株式会社(以下「訴外会社」という。また被告と訴外会社をあわせて「被告ら」という。)との間でハニメックス・スーパー八型開発プログラム契約書(甲第一号証・以下「本件契約書」という。)をもって、次のとおりの契約(以下「基本契約」という。)を締結した。
1 被告らは、原告が指示する様式・仕様に従ってスーパー八型ムービーカメラおよびその変型を設計する。
2 被告らは、原告から右カメラの外部設計図面および材料を受領した後三週間以内に木製模型見本を提出し、その承認を得た後九〇日以内に実動手製見本を製作し、原告の承認または部分的変更の指示を受けるため右実動手製見本を原告に提出する。
3 原告は右実動手製見本を承認した後被告らとの間で、「原告は国際市場において右カメラを独占的に販売する。原告は被告らとの間で右カメラ売買の個別契約を締結する際、被告らに金一万アメリカドル(以下単に「ドル」と表示する。)を前払する。原告は被告らから年間最低三万台の割合で右カメラを購入する。」との条件に基づいて、カメラの製造および売買契約を別途に締結する。
右前渡金は、右別途の個別契約締結に際して決定されるカメラの価格から、カメラ一台につき五〇セント宛差し引く方法で、原告が買い入れる初回の一万台を超える分のカメラ代金中より、被告らから原告へ払い戻すものとする。
4 原告は被告らに対し、右前渡金のほか開発・設計料として金一万ドルを次のとおり支払う。
四〇〇〇ドル 基本契約締結時。
三〇〇〇ドル 原告が木製模型見本を承認したとき。
三〇〇〇ドル 原告が実動手製見本を承認したとき。
しかして原告は被告に対し、右の各時期に右開発・設計料として計金一万ドルを支払った。
(三) 払戻金支払請求
1 原告は昭和四一年三月頃被告に対し、叙上の基本契約に基づく前渡金として金一万ドルを支払ったうえ、同年六月一日から六月末日までの間被告より、カメラ合計二万一九六七台を買い受ける個別契約を締結した。
従って、基本契約3項後段により、被告は、右カメラ台数のうち一万台を超える一万一九六七台分について、一台につき五〇セント宛合計五九八三・五ドル(一ドルを三六〇円に換算すると、金二一五万四〇六〇円)を原告に支払うべき義務がある。
2 仮に基本契約に基づく個別契約が原告と訴外会社との間で締結され、前渡金は訴外会社がこれを受領したとしても、基本契約より生ずる義務については、被告が訴外会社と連帯してその責に任すべきものである。なぜならば、本件契約書においては、原告の契約の相手方の名称として「コーカ」という呼称が使用されかつ被告および訴外会社を「個々的におよび全体的にコーカという」との文言があり、また本件契約書上被告らの所在地が同一であり、被告らの代理人として同一人が署名していることなどに徴すると、被告らは、基本契約より生ずる債務について連帯責任を負うものとして基本契約を締結したというべきだからである。
従って、被告は原告に対し前記払戻金の支払義務がある。
(四) 損害賠償請求
1 右(三)の売買契約によって原告が買い受けたカメラには次のとおり隠れた瑕疵があったため、原告の後記各支店は、その修理費として邦貨に換算して合計金一三六万二九三〇円の出捐を余義なくされ、原告は同額の損害を蒙ったから、被告はその賠償義務がある。
(1) イギリス支店分
M二〇〇型カメラ七二四台のファインダー内に塵芥が存したので、同支店は、その除去のため合計一八二時間の作業を要し、労賃として一時間当り一ポンド五シリング合計二二七ポンド一〇シリング(一ポンドを二・八ドル、一ドルを三六〇円に各換算すると、金二二万九三二〇円)を支出した。
(2) 西ドイツ支店分
M二〇〇型カメラ一二一台のファインダー内に塵芥が存したり、モーター、露出計、レリーズ、トランスボートに調整を要する故障があったので、同支店は、その除去および修理のため合計九八時間一五分の作業を要し、労賃として一時間当り三・三ドル合計三二三・五八ドル(一ドルを三六〇円に換算すると金一一万六四八八円)を支出した。
(3) ドイツ支店ブリュッセル代理店フィルモーベル会社分
M二〇〇型カメラ四八四台のファインダー内に塵芥が存したので、同支店は、その除去のため、うち三一四台については一台当り一五分、残りの一七〇台については一台当り三〇分、合計一六三時間三〇分の作業を要し、労賃として一時間当り一・一ドル合計一八一・五ドル(一ドルを三六〇円に換算すると金六万五三四〇円)を支出した。
(4) カナダ支店分
M二〇〇型ムービーカメラのファインダー内に塵芥が存したり、モーターに調整を要する故障があったので、同支店は、その除去および修理のため合計一六九時間一〇分の作業を要し、労賃として一時間当り五カナダドル合計八四五・八三カナダドル(一・〇八カナダドルを一ドル、一ドルを三六〇円に各換算すると金二八万一九四五円)を支出した。
(5) P・T・Yのオーストラリア支店分
M二〇〇型、M三〇〇TL型各カメラ、M二〇〇型、M三〇〇型各ムービーカメラのファインダー内に塵芥が存したので、同支店は、その除去のため合計四七・七八時間の作業を要し、労賃として一時間当り三・五オーストラリアドル合計一五六七・一八オーストラリアドルならびに塵芥除去のために要した部品代および運賃として合計一一一・六一オーストラリアドル、総計一六七八・七九オーストラリアドル(一オーストラリアドルを三九九円に換算すると金六六万九八三七円)を支出した。
2 右各修理費を出捐した主体が原告支店でなく、原告と法人格を異にする後記各会社であったとしても、右の(1)ないし(5)記載のとおり(但し、イギリス支店をハニメックス(イギリス)リミテッドと、西ドイツ支店をハニメックス(西ドイツ)会社と、ドイツ支店ブリュッセル代理店フィルモーベル会社をフィルモーベル会社と、カナダ支店をハニメックス(カナダ)リミッテッドと、P・T・Yのオーストラリア支店をハニメックス・P・T・Yリミッテッドとそれぞれ読み替える。以下右各会社を「ハニメックス(イギリス)リミッテッドら」という。)、これら各会社は、本件カメラに隠れた瑕疵があったため、その修理費として前記各金員の出捐を余儀なくされ、同額の損害を蒙ったところ、原告は昭和四三年一二月三一日右各会社から被告に対する右各損害賠償債権を譲り受け、右各会社は同四七年五月三一日被告に対しその旨の各通知をした。
従って、被告は原告に対し右合計金一三六万二九三〇円の支払義務がある。
(五) 支払約束に基づく予備的請求
仮に、前項1の(1)ないし(4)記載の各損害および(5)のうちM二〇〇型カメラの塵芥除去のため三八七・三八オーストラリアドルの支出をしたことによる損害について被告の賠償義務が認められないとしても、被告は昭和四三年一二月二五日頃原告に対し、同年一月までに販売したカメラの瑕疵に関し、一五〇〇ドル(一ドルを三六〇円に換算して金五四万円)を支払う旨約したから、被告にはその支払義務がある。
(六) 基本契約の解約
原告は、昭和四三年初め頃、被告に対し、前記払戻金の支払および損害金の賠償を求めたところ、被告は、同年四月および六月、原告に対し、カメラの売買価格の値上を求めるとともに、「払戻金の支払は値上後のカメラの売買がなされるとき以降においてなし、また損害賠償債務については原告に対する損害賠償債権によって相殺する。」旨回答した。被告の右要求及び回答は全く理由がないものであったが、原告は被告との間で右の諸点について一応折衝を試みた。しかし被告は、右主張を一方的に繰り返すばかりで、右各債務を履行しようとしなかった。被告の右背信的行為により基本契約をめぐる原、被告間の信頼関係は破壊され、個別的なカメラ売買契約も同年七月頃から中止されるに至った。
そこで、原告は、同月九日付書面で被告に対し、前記払戻金および損害金の支払を催告したが、被告がこれに応じないので、さらに同年一二月二三日到達の書面で被告に対し基本契約を解約する旨の意思表示をした。
仮に、右意思表示が認められないとしても、原告は、同四四年一〇月二日付準備書面をもって被告に対し基本契約を解約する旨の意思表示をし、被告は同月二一日同書面を受領した。従って、基本契約は右いずれかの時期に将来に向って効力を失った。
(七) 不当利得返還請求
本件基本契約はいわゆる継続的製作物供給契約であるところ、カメラの開発、設計はその一手段であり、原告が被告に対し支払った前記開発・設計料および前渡金合計二万ドルは、カメラの継続的供給を目的としてカメラの木製模型、実動手製の各見本および金型の製作費として支払われたものであるから、右基本契約が解約された以上、被告は原告に対し、前渡金一万ドルから前記払戻金たる五九八三・五ドルおよび金型代一七〇〇ドルを控除した二三一六・五ドル、ならびに上記開発・設計料一万ドルの合計一万二三一六・五ドル(一ドルを三六〇円に換算すると金四四三万三九四〇円)を不当利得として原告に返還すべき義務がある。
(八) 結論
よって、原告は被告に対し、前記(三)の返還すべき払戻金二一五万四〇六〇円、前記(四)の損害金一三六万二九三〇円(予備的に前記(五)の支払約定金五四万円)、前記(七)の不当利得金四四三万三九四〇円、以上合計金七九五万〇九三〇円(予備的に金七一二万八〇〇〇円)およびこれに対する訴状送達日の翌日から支払ずみまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求める。
なお、被告は「外貨と邦貨の換算率は口頭弁論終結時の為替相場によるべきである。」旨主張するが、従来の口頭弁論期日および準備手続期日において右換算率が原告主張どおりであることについて争いがなかったものであり、被告の右主張は時機に遅れた主張である。
≪以下事実省略≫
理由
一 当事者および準拠法
原告がオーストラリアにおいてカメラおよびその関係製品の輸入販売を業とする会社であり、被告が日本においてカメラの製造販売を業とする会社であること、原告が昭和四〇年三月二九日頃、本件契約書をもって被告および訴外会社との間でカメラの継続的供給を内容とするハニメックス・スーパー八型開発プログラム契約(基本契約)を締結したこと、以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。
ところで、右基本契約および付随の特約の成立と効力に関する準拠法につき、これを日本法とする合意が原、被告間に存したことは争いがないから、本件請求のうち、払戻金支払、損害賠償(予備的に約定金支払)を求める各請求についての準拠法が日本法であることは明らかであるが(法例七条)、不当利得の請求については、法例一一条により「其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」こととなるところ、本件弁論の全趣旨によれば、不当利得金とせられる金員の授受が日本において行なわれたことが認められるから、右請求についての準拠法もまた日本法と解すべきである。
二 基本契約の当事者および内容
(一) 原告は、「基本契約において原告と被告および訴外会社との間で本件契約書のすべての事項について契約が成立した。」旨主張する。これに対し被告は、「被告が基本契約において原告との間で契約したのは、カメラの開発、設計、製造に関する事項のみであって、カメラの販売に関する事項については訴外会社が原告と契約したものである。」と主張する。
そこで検討するに、本件契約書をもって締結された基本契約の内容が、カメラの販売契約の当事者の点を除き、原告主張どおりであることは当事者間に争いがないところ、右争いのない事実のほか、≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められる。
1 訴外会社は、被告製造のカメラ製品の輸出販売を主たる目的として設立され、代表取締役は被告の代表取締役の一員である訴外丸山勝が兼務し、また、実際の営業所は東京都渋谷区猿楽町三番地にあったが、被告の本店が同区鶯谷町三九番地にある関係上、右実際の営業所所在地を訴外会社の本店所在地として登記することができなかったため、本店所在地を便宜東京都板橋区南常盤台一丁目二四番地として登記した。
2 昭和四〇年当時訴外会社の取締役であった訴外加藤高明は、被告の取締役であった飯島秋晴(現在被告代表者)らと相談のうえ、同年二月頃から原告との間で八ミリカメラの継続的供給契約を締結するため文書を交換して原告と折衝を重ねていたが、右文書の差出人名儀を「コーカカメラインク取締役T・加藤」とし、欄外に「輸出事務所・東京都渋谷区猿楽町三番地、本店同区鶯谷町三九番地」と記載のある「コーカカメラインク」の業務用紙を右連絡文書用に使用した。
3 右折衝の結果、「コーカカメラインク」が八ミリカメラを製造し、原告がこれを買い受ける旨のカメラの継続的供給契約が右両者間で成立し、原告代表結と前記加藤との間で本件契約書が作成された。本件契約書には、前文として、「この契約は、ハニメックス・コーポレーション・リミッテッド(以下「ハニメックス」という。)と、東京都渋谷区猿楽町三番地所在の株式会社コーカおよびその独占的国際販売会社であるコーカカメラインコーポレイテッド(以下個々的にまたは総称して「コーカ」という。)との間で締結されたものである。」旨記載され、末尾には契約当事者として被告取締役および訴外会社取締役の表示の下にそれぞれ加藤高明が署名しており、合意事項として記載された内容の要旨は次のとおりである。
(1) コーカは、ハニメックスが提示する様式・仕様に従ってスーパー八型八ミリカメラとその変型を設計する。ハニメックスは、当事者間で別途に締結するカメラの売買契約の条項に基づいてコーカが製造したカメラについて国際市場における独占的販売権を有する。
(2) コーカは本契約締結後直ちにカメラの設計を開始し、その後三週間以内に基本的なカメラ機構および光学設計を完成する。その後コーカは内部部品を配置したカメラの基本型の図面をハニメックスに交付する。ハニメックスは右図面を受領した後二週間以内にカメラの外部設計を行ない、その設計図面および材料をコーカに提供する。コーカはカメラの機構、光学設計および価格を考慮して可能な限りハニメックスの外部設計を採用し、右外部設計図面および材料を受領した後三週間以内に木製見本をハニメックスに交付する。
(3) コーカは、ハニメックスが木製見本の外部設計を承認した後さらに細部にわたりカメラ設計を進め、その後九〇日以内にカメラの実動手製見本を製作してハニメックスに交付し、その承認を求めあるいは部分的変更の指示に従う。
(4) ハニメックスが実動手製見本を承認した後、当事者は、「ハニメックスは、コーカから年間最低三万台の割合でカメラを買い受け、これを国際市場において独占的に販売する。ハニメックスは売買契約締結の際コーカに前渡金一万ドルを支払う。」との条件に基づいて、別途にカメラの製造および売買契約を締結する。前渡金は、売買契約締結時に決定されたカメラの価格からカメラ一台につき五〇セント宛差し引いてコーカからハニメックスへ払い戻す。この払戻は初めの一万台のカメラに続いて発送されるカメラの分より行なわれる。
(5) ハニメックスはコーカに対し部品開発および設計料として金一万ドルを次のとおり支払う。コーカはこれをハニメックスに払い戻す必要がない。
四〇〇〇ドル――本契約締結時。
三〇〇〇ドル――ハニメックスが木製見本を承認したとき。
三〇〇〇ドル――ハニメックスが実動手製見本を承認したとき。
4 基本契約の右各条項に従って原告が被告の製造にかかるカメラを買い受けた場合、カメラ一台につき、被告は単価の二〇パーセントないし二五パーセントの、訴外会社は単価の約三パーセントの各割合による収益が見込まれていた。
5 基本契約締結後両者間で取引が開始されたが、両者とも信用状、連絡文書等において被告側の呼称として殆ど「コーカカメラインク」を使用していた。
6 原告代理人弁護士ジェームス・S・足立外二名は昭和四三年一二月頃「原告は基本契約を解約する」旨記載した書面を訴外会社宛に送付したところ、被告は直ちに右書面に対する回答書を右原告代理人宛に送付した。
7 被告側は、原告以外の他の外国会社ともカメラの継続的供給契約を継続しているが、右契約当事者として被告名義の場合もあるし「コーカカメラインク」名義の場合もある。
以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(二) なるほど、右認定のとおり、本件契約書においては原、被告のほか訴外会社が契約当事者となっているが、カメラの販売に関する事項について原告と契約した当事者は、単に「コーカ」と記載されているだけで、被告か或いは訴外会社か特定されていないところ、カメラを実際に輸出販売する業務を行なっていたのは被告ではなく訴外会社であり、また、基本契約締結後原告と直接商取引を行なった当事者は「コーカカメラインク」であるが、「コーカカメラインク」の文言自体からはこれが被告よりもむしろ訴外会社を指称することが明らかであり、右各事実は、「基本契約のうちカメラの販売に関する事項については原告と訴外会社との間で契約が締結された」旨の被告の主張と符合する。
しかし、前認定のとおり、基本契約締結前に「コーカカメラインク」は原告との間でカメラの開発、設計、製造に関する事項についてまで交渉していたことのほか、前認定にかかる本件契約書作成の際立ち合った当事者、訴外会社の設立経緯、営業の実態および被告との関係、被告側と原告以外の外国会社との間で締結された前記各契約における契約当事者の呼称等に徴すると、被告と訴外会社とは、形式的にはそれぞれ独立した法人組織を有するが、実質的には被告がカメラ等の製造部門を担当し、訴外会社がその販売部門を担当して両者は対外的には一体として活動していたものであって、本件の場合においても、加藤高明が被告および訴外会社を代理して、原告との間で本件契約書のすべての条項(前記(一)の3の(1)ないし(5)掲記)について契約を締結したものであり、原告との間では、本件基本契約およびこれに基づいて別途に締結されるべきカメラの製造および売買の契約により生ずる「コーカ」の債務については、被告と訴外会社が連帯してその責に任ずることを約したものと認めるのが相当である。
従って、基本契約の各条項中カメラの販売に関する条項についても原、被告間に契約が成立したものとみるを妨げない。
この点に関する被告の前記主張は採用できない。
(三) そして、前認定の各事実によると、基本契約は、期間の定めなく、被告がその設備、材料をもって原告の提示する仕様、様式に従って八ミリカメラを設計、製造し、これを原告に供給することを目的とするいわゆる継続的製作物供給契約であり、その内容の骨子は、(イ)原告は被告からその設計、製造にかかる八ミリカメラを独占的に買い受けることができるが、その台数は年間三万台以上でなければならないこと、(ロ)カメラの売買価格等は別途個別契約において定めるが、原告は右個別契約の締結の際被告に前渡金一万ドルを支払うこと、(ハ)被告は右前渡金を取引開始時から最初の一万台を除きそれに後続するカメラについて、売買価格から一台当り五〇セント宛差し引く方法で原告に払い戻すこと、以上であることが認められる。
三 払戻金支払請求について
(一) 本件基本契約中に、前渡金よりの払戻金支払約定が存在することは前叙のとおりであるところ、売主が被告か訴外会社であるかはさておき、原告が被告または訴外会社から昭和四一年六月一日から同四三年六月末日までの間に合計二万一九六七台のカメラを買い受けたこと、原告が右売主に対し昭和四一年三月頃本件前渡金一万ドルを支払ったこと、以上の各事実は当事者間に争いがなく、しかして右売主の点については、叙上のように、これを形式的に確定する実益はなく、被告は当然、右売主、従ってまた払戻金支払義務者としての責を負うべきものである。
(二) ところで被告は、「原告は基本契約によって年間三万台以上のカメラを買い受ける義務があり、被告の右払戻金支払義務は、原告が取引開始時から最初の一年間に一万台以上のカメラを買い受けることを停止条件としていたところ、右条件は成就しなかったから、被告は右の支払義務を負わない。」と主張するので、以下この点につき検討する。
≪証拠省略≫によると、本件契約書には、原告が年間三万台以上のカメラを買い受けるべき旨の義務が明示されていることが明らかであり、継続的製作物供給契約において取引数量は、代金の支払方法、商品の引渡方法等と異なり、生産設備の規模、取引価格、利潤率等を決定するために必要不可欠な要素であることをあわせ考えると、本件基本契約においては、原告が年間三万台以上のカメラを買い受けるべき法的義務が定められたものと認められる。≪証拠判断省略≫
なお原告は、「被告は原告の右買受義務を免除した」旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
しかしながら、本件払戻金支払義務につき被告主張の停止条件が存在したとの点については、これに符合する証人加藤高明および被告代表者丸山勝の各供述部分(但し、同人らは、「原告が初年度に三万台以上のカメラを購入することを停止条件とする」旨供述している)は措信できず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。すなわち、≪証拠省略≫によると、本件契約書には、原告の前記カメラ買受義務と本件払戻金支払義務をそれぞれ定める条項があるが、両者の関係について言及した条項はなく、また、本件前渡金の性質、授受の目的および払戻の理由等についての記載もないことが認められるところ、前認定のとおり、本件契約書は重要な契約条項のみならず相当細部の事項についても規定しているから、仮に本件払戻金支払義務に被告主張のような停止条件が存在するとすれば、このような重要事項は当然本件契約書に記載された筈であるものと考えられる。≪証拠判断省略≫
(三) 被告はさらに「仮に右停止条件の存在が認められないとしても、信義則上、原告の本払戻請求は許されない。」と主張するので、この点について判断する。
≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実が認められる。
1 被告は、原告が基本契約によって年間三万台以上のカメラを買い受ける義務があったから、原告が月間二〇〇〇台ないし三〇〇〇台の割合でカメラを買受注文すべきことを前提にカメラの製造準備をすることとし、多額の投資を行なってカメラ部品の購入、生産機械等の設備、人員の配置等カメラの大量生産のための態勢を整えた。そして、本件前渡金はカメラ製造金型の製作費用の一部に充当された。
2 被告は、右投資を原告との継続的なカメラの売買によって得られる利益によって回収することを企図し、本件払戻金も右利益によって原告に支払うべく予定し、またカメラの売買価格については、原告が右買受義務を履行することを前提に利潤率を考慮したうえ原告の同意のもとに決定した。
3 本件前渡金は、前記のとおり原告の被告に対する融資的性格を有していたが、被告は、本件前渡金の授受により原告が年間三万台以上のカメラを買い受けることを事実上強制し、その実現を確実ならしめることをも期待していた。
4 原告は、被告の右生産計画、本件前渡金授受の目的等を知悉し、原告が前記買受義務を履行しない場合、被告に何らの利益も生じないことを十分に予見していた。
5 ところが原告は、実際に取引が開始された昭和四一年六月から翌四二年五月までの一年間(初年度)に七七〇一台、同年六月から翌四三年五月までの一年間(次年度)に一万三六六六台、同年六月に六〇〇台の各カメラを購入したのみで、前記約定数量の買受義務を履行せず、その後取引は中止されるに至った(右事実は当事者間に争いがない)。
6 本件カメラの売買価格については、基本契約が締結される以前においてM二〇〇型カメラ一台について二一ドルとする旨一応約されたが、昭和四一年五月頃基本契約に基づく個別的な売買契約が締結された際、これを二三・三五ドルに改訂する旨合意がなされた。その後、被告は、昭和四二年五月頃M型カメラの受光量調節装置を改良してTTL型カメラを開発したが、その売買価格がM型カメラと同質では右改良部分に対応する費用が上昇したため到底採算がとれないとして、同年八月頃原告に対し値上を求め、原告もこれを承諾し、同月以降の注文にかかるM二〇〇TL型カメラの価格は二三・九ドル、M三〇〇TL型カメラの価格は二七・五ドルに各改訂された。しかし、原告が前記のとおり約定数量を大幅に下まわった台数のカメラしか購入しなかったため、被告は、取引利益を得ることができないばかりか、生産能率低下による生産費用の上昇等によって多額の損害を蒙った。そこで被告は、昭和四三年四月頃原告に対し、M二〇〇TL型カメラの価格を二四・九四ドル、M三〇〇TL型カメラの価格を二八・五ドルに値上することを強く求め、さらに同年六月頃原告に対し、M二〇〇TL型カメラの価格を二九・一ドル、M三〇〇TL型カメラの価格を三一・八ドルに値上することを再度求め、その頃原、被告間で右価格の値上について協議したが、合意に達しないまま両者間の取引は中止された。なお、被告は、右各値上要求に際し、原告に対して「値上要求に応じなければ取引を中止する。」旨通告するなどの手段方法を用いたことはなかった。
7 右のとおり、原告が約定数量のカメラを購入しないうえ、カメラの実質的価格値上も実現しなかったため、被告は、予定した取引利益を得ることができなかったばかりでなく、原告が本件カメラの独占的販売権を有している関係上本件カメラの生産設備およびその専用部品を他に利用して利益を図ることもできず、多額の損害を蒙った。
≪証拠判断省略≫
(四) 前認定の各事実関係のもとでは、原告において前記約定数量のカメラ買受義務の不履行が自己の責に帰することができない事由によるものであることを明らかにしない限り、信義則上、本件前渡金のうち原告が一万台を超えて買い受けたカメラ一万一九六七台分に関するもの合計金五九八三・五ドルについて未だ返還請求をなしえないものと解するのが相当である。
ところで原告は、「原告の右買受義務の不履行は、被告のカメラ製造および発送の遅延ならびにカメラの瑕疵に対する被告らの不当な措置により原告の信用が失墜し、そのためカメラの大量販売が不可能となったために生じたもので、結局原告の責に帰することができない事由に基づくものである。」旨抗争するので、以下この点について検討する。
(五) 被告のカメラ製造および発送の遅延
被告のカメラ製造および発送の遅延により原告が前記約定数量のカメラを購入できなかったことを認めるに足りる証拠はない。
却って、≪証拠省略≫によると、次の各事実が認められる。
1 本件基本契約における約定では製品の発送は昭和四一年二月頃となっていたのに、実際に製品の発送がなされたのは同年六月頃であったが(この事実は当事者間に争いがない)、これは、デザイン問題の意見調整およびその連絡に予想以上の日数を要したほか、被告の見本製作が遅延したことに原因があった。しかし、原告は被告に対し右の点について特に異議を留めず取引を開始した。
2 その後取引が中止された昭和四三年七月頃までの間、被告側の事情(例えば生産技術上の問題で予定数量の製品生産が不可能であったことなど)で、原告に対し発注中止もしくは減少要請がなされたことはなかった。
3 原、被告間の取引状況は別表記載のとおりである(この事実は当事者間で争いがない)。
4 昭和四一年当時、一般消費者の八ミリカメラに対する需要が季節的に変動しており、春およびクリスマスの時期に需要が増加していた。
以上の各事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右認定の事実関係によると、原告の前記買受義務の不履行が被告のカメラ製造および発送の遅延に因るものではないといわざるをえない(なお、昭和四一年当時一般消費者の八ミリカメラに対する需要に季節的変動があったことは前認定のとおりであるが、本件では原告の年間カメラ購入数量が問題とされているのであるから、特に需要変動を考慮する必要はないのみならず、前認定のとおり原告は一般消費者の春の需要に備えて発注すべき昭和四二年一月ないし三月に全く発注しておらず、原告のカメラ購入数量と右需要変動との間に因果関係があることさえ疑わしい)。
(六) カメラの瑕疵
原告の約定数量のカメラ購入義務の不履行が、本件カメラに瑕疵が存在したことに起因することを認めるに足りる的確な証拠もないことは、左に述べるとおりである。
1 ≪証拠省略≫によると、原告が被告から購入した本件カメラは、被告から直接原告の子会社(原告が全株式を所有)であるハニメックス(イギリス)リミッテッド、ハニメックス(西ドイツ)会社、ハニメックス(カナダ)リミッテッド、ハニメックス・P・T・Yリミッテッド(オーストラリア所在)および右ハニメックス(西ドイツ)会社の代理店であるフィルモーベル会社(ベルギー所在)に輸出されていたことが認められる。
2 ところで原告は、「右各原告の子会社に輸出された本件カメラに前記請求原因(四)の1の(1)ないし(5)掲記の瑕疵(ファインダー内の塵芥の存在、モーター、露出計、レリーズおよびトランスボートの故障)があった。」旨主張するので、まずこの点について検討する。
≪証拠省略≫中には、「右各子会社が被告から購入したカメラの一部に、ファインダーに塵芥が付着したもの或いはモーター等に故障があるものが存在した。」旨の各供述部分があるが、右瑕疵の具体的内容、程度等についての供述はない。
また、右各子会社が原告または被告に送付した各修理報告書、明細表等の書類を検討するに、ハニメックス・P・T・Yリミッテッドの作成の書類には修理内容についての記載が全くなく、ハニメックス(イギリス)リミッテッド、ハニメックス(西ドイツ)会社、フィルモーベル会社、ハニメックス(カナダ)リミッテッド各作成の書類には修理内容について単に修理部分と修理所要時間、費用等が記載されているにすぎないため、修理した当該カメラの瑕疵の具体的内容、程度等については明らかでないうえ、右各書類中には被告が製造したものではないカメラの修理に関する記載部分もあり(この事実は≪証拠省略≫によって認める)、右各書類の記載内容の信憑性自体必ずしも高いものとはいい難い。
そして、他に、右各会社が被告から輸入したカメラの瑕疵の具体的内容、程度等についてこれを認めるに足りる的確な証拠は存しない。
3 却って、≪証拠省略≫によると、次の各事実が認められる。
(1) わが国の業者がカメラを輸出する場合、貿易の対外信用のため、通商産業省の委嘱により財団法人日本写真機検査協会が梱包直前のカメラを厳重かつ綿密に検査し、検査に合格したもののみが通関できることになっており、本件カメラの輸出に際しても右協会の検査がなされたほか、原告から派遣された者が出荷直前のカメラにつきその性能、品質、規格等について検査を行なったが、右各検査において原告主張の前記瑕疵が指摘されたことはなかった。
(2) 前記原告の各子会社から瑕疵がある旨指摘されたのは専らM二〇〇型カメラについてで、しかも主にファインダー内に塵芥が付着している点についてであり、昭和四二年七月頃から取引が開始された改良型カメラ(TTL型)については瑕疵がある旨の指摘はなかったが、右TTL型カメラの取引が開始されても前記各子会社の輸入台数に殆ど変化は生じなかった。なお、右M二〇〇型カメラについて、ファインダー内に塵芥が付着していることにより撮影効果等カメラの性能に影響がある旨、原告側から主張されたことはなかった。
(3) 八ミリカメラの製造工程においてファインダー内に塵芥が混入することを完全に防止することは、当時不可能と認められるところ、M二〇〇型カメラは、原告の要請によりファインダーが通常のカメラより大きくかつその内部が明るく見えるように設計されたため、ファインダー内に塵芥があるときはそれが大きく見える結果を生じた。しかし、原、被告間においてこの点につき被告が特別な配慮をすべき旨の合意はなされていなかった。
(4) 被告はM二〇〇型カメラをTTL型に改良した際、マスクの付加および焦点距離の調整(アウトフォーカス)等ファインダーに一部設計変更を加えてファインダー内への塵芥の混入に対処したことがあるが、ファインダー内に塵芥の混入することを防止するため製造工程方法等を変更したことはなかった。
4 以上認定の各事実に照らすと、本件カメラの一部に前記瑕疵があった旨の≪証拠省略≫はにわかに措信できない。仮にM二〇〇型カメラの一部にファインダー内に塵芥が付着したものがあった場合、たとえそれが八ミリカメラの性能に何ら影響がないとしても、その程度如何によっては当該カメラの商品価値を下落させることが考えられるが、前叙のとおり右の塵芥付着の程度についてはこれを認めるに足りる証拠は存しない。そして、前認定のとおり昭和四二年七月頃から何ら瑕疵の存在が指摘されないTTL型カメラの取引が開始された以後も、原告の被告からのカメラ購入数量に殆ど変化がなかったことをあわせ考えると、「原告の前記約定数量のカメラ購入義務の不履行が本件カメラに瑕疵が存在したことに起因する」旨の≪証拠省略≫はにわかに措信できない。
のみならず、仮に本件カメラに原告主張の瑕疵が存在したとしても、カメラは精巧な機械製品であるうえ、本件カメラの発送先がいずれも諸外国であることなどに鑑みると、右瑕疵は長距離かつ長時間にわたる輸送もしくは一般消費者の誤った使用方法等により発生したことも十分考えられるところ、右瑕疵が発生した原因、時期等についてこれを認めるに足りる的確な証拠のない本件においては、右瑕疵の存在につき被告に責任があるものと即断できないし、また、前記原告の各子会社が瑕疵の主要なものとして指摘しているM二〇〇型カメラのファインダー内の塵芥の付着については、前認定のとおり原告の要請に従ってファインダーが設計されたために通常のカメラよりも塵芥の付着が特に鮮明に目立つ結果を生じたものであって、しかもこの点について特に被告が配慮すべき旨の合意も要請もなされていなかったのであるから、右塵芥の付着について被告が責任を負うべき筋合は認め難いものというべきである。
(七) なお、原告代表者本人の尋問結果中には、「被告が本件カメラの価格を値上したために原告は約定数量のカメラを購入できなかった。」旨の供述部分があるが、前記(三)において認定したとおり、被告は原告の同意のもとに本件カメラの値上を実施したものであり、取引開始後はM二〇〇型カメラがTTL型に改良されたことに伴ってなされたとき以外値上はなされなかったのであるから、右事実に照らすと、原告代表者本人の右供述部分はにわかに措信できない。
そして、他に、原告が年間三万台以上のカメラを購入する義務が履行できなかったのは、原告の責に帰することができない事由によるものであることを認めるに足りる証拠は存在しない(原告が被告から購入したカメラが前記原告の各子会社に輸出されていたことは前叙のとおりであるが、原告は被告との間で年間三万台以上のカメラを購入することを約束した以上、当然各子会社が輸入するカメラの台数(換言すると各子会社が販売可能なカメラの台数)等について総合的調査および計画を行なうべきであったところ、原告が右調査および計画を行なったことを認めるに足りる証拠はないことからすると、原告に年間三万台以上のカメラを販売する能力があったことすら疑わしく、原告の前記買受義務の不履行は、原告自体の販売態勢の不備に起因している可能性が大きい)。
そうだとすると、原告の右約定数量のカメラ購入義務の不履行は、原告の責に帰すべき事由によるものといわざるを得ない。
(八) むすび
以上詳述したとおり、本件前渡金は、原告が被告に生産設備の準備資金として融資し、将来被告が本件商取引により得た利益で逐次償還すべき性格を有するとともに、原告が年間三万台以上のカメラを被告から購入する義務の履行の担保的性格をもあわせ有していたものであり、原、被告とも右事情を知悉していたところ、原告は取引開始後の初年度に七七〇一台、次年度に一万三六六六台、次々年度の頭初に六〇〇台と右約定数量を大幅に下まわる数量のカメラを購入したにとどまり、その後取引を中止し、その間カメラ価格の実質的値上もなされなかったため、被告は多額の損害を蒙った。そして原告の右買受義務の不履行は、叙上のとおり専ら原告の責に帰すべき事由によるものと認むべきであるから、以上のような事実関係のもとでは、信義則上、原告は被告に対し、本件前渡金につき、原告主張の払戻を求めることは許されないと解するのが相当である。従って、原告の本件払戻金支払請求は理由がない。
四 損害賠償請求
原告は、「原告が被告から買い受けた本件カメラの一部に、ファインダー内に塵芥が付着し或いはモーター、露出計、レリーズもしくはトランスボートに故障のあるものがあり、右欠陥は隠れたる瑕疵に該当する。」旨主張する。
ところで、買主が民法五七〇条の規定によって売主に対し瑕疵担保責任を追及する場合、売主、買主間で当該売買目的物の品質、性能等について特段の合意がない限り、目的物が売主から買主に対して引き渡された時において、客観的に、商品として通常有すべき品質、性能を欠いていたことが明らかにされなければならない。
しかるに、前記三の(六)に判示したとおり、原告が被告から買い受けた本件カメラに欠陥が存在したことならびにその発生原因および時期、具体的内容および程度等についてはこれを認めるに足りる的確な証拠がなく、当時客観的にみて右カメラが通常有すべき品質、性能を欠いていたことについて立証がないものというほかないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。
五 支払約定に基づく予備的請求
原告は、「被告は原告に対し、昭和四三年一二月二五日頃、本件カメラの瑕疵に関して金一五〇〇ドルを支払う旨約した。」と主張し、証人加藤誠之助の証言中にはこれに沿う供述部分があるが、右供述部分は≪証拠省略≫に照らして措信できず、右支払約束の事実を認めるに足りる確証を欠くものというべきである。
従って、原告の支払約定に基づく予備的請求も理由がない
六 不当利得返還請求
(一) ≪証拠省略≫のほか、前記二において基本契約締結の当事者について判断する際に検討した諸事情を総合して考察すると、原告は昭和四三年一二月一九日付書面をもって被告の代理店である訴外会社に対し基本契約を解約する旨の意思表示をし、右書面はその頃訴外会社に到達したことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫
(二) ところで、本件のような継続的製作物供給契約を締結した当事者の一方が、相手方にその義務に違反した行為があったことを理由に右契約を解約することができるのは、継続的契約の特質に鑑み、右義務違反行為が信頼関係を破壊して右契約関係の継続を困難ならしめる程度に至ったことを要するものと解せられるが、ここにいわゆる義務違反には、必ずしも右契約(特約を含む)の要素をなす債務の不履行のみに限らず、右契約に基づいて信義則上当事者に要求される義務の不履行も含まれるものと解するのが相当である。
(三) これを本件についてみるに、原告は、「被告が本件払戻金の支払義務および本件カメラの瑕疵に基づく損害賠償義務の各履行を怠るとともに、本件カメラの価格値上を要求したため、基本契約をめぐる原、被告間の信頼関係は破壊された。」旨主張するが、前記三および四において判示したとおり、原告に右払戻金支払義務および損害賠償義務は認められず、またカメラの価格値上の点についても、その実施をみた分については、原、被告の同意のもとに実行されたものであり、原告の同意が得られなかった値上要求についても、別段不当な手段および方法が用いられたことが認められないばかりか、その原因は専ら原告が本件カメラの約定数量の買受義務に違背したことにあったのであるから、カメラの価格を据え置く旨の特約が存在したことの認められない本件の場合、被告のなした右価格値上要求が原、被告間の信頼関係を破壊する義務違反にあたるとは到底いい難い。
そして、他に、被告に本件継続的製作物供給契約の継続を困難ならしめる義務違反があったことを認めるに足りる証拠は存在しないから、原告のなした基本契約を解約する旨の前記意思表示は効力を生じないものといわざるをえない。
従って、その余の点について判断するまでもなく、原告の不当利得返還請求は理由がない。
七 結論
以上の次第であるから、原告の請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小谷卓男 裁判官 山本矩夫 飯田敏彦)
<以下省略>